九州大学 DIGITAL ARCHIVES

福岡・博多の絵図

ここには、江戸時代から昭和期までの福岡・博多に関する絵図・ 地図を掲載しています。 九州大学が収蔵する分と、福岡県立図書館が所蔵する福岡・博多の都市図や国絵図、また西日 本の海路図を載せています。 それぞれ拡大してご覧いただけますので、 絵図・地図の部分をクリックしてください。

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作成者:九大総合研究博物館 協力研究員・西南学院大学 宮崎克則・矢野健太郎 (2007.5)  


福岡城下町図

 福岡城下絵図

九州大学記録資料館九州文化史資料部門(九州文化史研究所)所蔵「吉田家文書」528号

和紙彩色、117×198p

北は博多湾、南は赤坂山、西は樋井川から東は中島町までが描かれる。17世紀の福岡城下の景観をうかがい知ることが出来る貴重な絵図と考えられる。



 慶安4年(1651)〜寛文9年(1669) 福岡城下屋敷図 全

福岡県立図書館所蔵「大田資料」331号

75×83cm

作製は江戸後期で、作者は不詳。東西は那珂川から唐人町、南北は荒戸山から六本松付近までを描いた絵図で、 成立年は不明であるが、慶安4年(1651)以降寛文9年(1669)以前のものと推定されている。



 元禄12年(1699) 福岡御城下絵図

福岡県立図書館所蔵「福岡県史編纂資料」651号

1枚64折、337×550cm

作製は元禄12(1699)年で、作者は不詳。東西は石堂川から藤崎まで、南北は現在の西公園から中央区谷までを描く。武家屋敷には居住者の氏名が記され、神社は境内の景観が描かれる。



 元禄12年(1699) 福岡御城下之絵図

福岡県立図書館所蔵「福岡県史編纂資料」654号

1枚36折、226×302cm

作製は江戸期、作者は不詳。東西は那珂川から菰川まで、南北は荒戸山から大鋸村までを描く。表題には元禄十二年とあるが「若宮大明神」の位置から正徳期以降に作製されたと推測される。裏面に「三枚の内中通り」とあり、3枚1組のうちの1枚であったことがわかる。



 元禄12年(1699) 福岡藩屋敷図 今泉岩戸辺

福岡県立図書館所蔵「大田資料」332号

絵本着色・掛軸装、75×57p

作製は元禄12(1699)年で、作者は不詳。今泉辺の屋敷割りを図示した絵図で、 近隣の庄村、今泉村には樹木や家屋が描がかれている。図の右肩に 「五枚之内元禄己卯御城下絵図之内従今泉到岩戸口辺」とあり、 5枚組の絵図の1枚であったことがわかる。



 安永6年(1777) 福岡御城下絵図 壱

福岡県立図書館所蔵「福岡県史編纂資料」652号

1枚64折、263×284cm

作製は安永6(1777)年。作者は不詳。東西は孤川から藤崎川までを描く絵図で、町屋は桃色、寺院は白色で描かれ、武家屋敷には居住者の氏名が記されている。県史編纂資料653「福岡御城下図」とは2枚1組の絵図である。



 安永6年(1777) 福岡御城下絵図 弐

福岡県立図書館所蔵「福岡県史編纂資料」653号

1枚64折、263×284cm

作製は安永6(1777)年。作者は不詳。東西は那珂川から唐人町まで、南北は荒戸山から大鋸谷までを描く絵図で、武家屋敷には居住者の氏名が記されている。県史編纂資料652「福岡御城下図」とは2枚1組の絵図である。



 宝暦〜天明期 福岡御城下絵図

福岡県立図書館所蔵「福岡県史編纂資料」650号

紙本着色 ・1枚32折、143×197cm

作製は江戸期で、作者は不詳。東西は博多の北西部から樋井川河口まで、南北は現在の西公園から大鋸谷までを 描いた絵図で、延宝7年(1679)以降の宝暦〜天明期に製作されたものと推定されている。



 文化9年(1812)写  福岡城下町・博多・近隣古図

九州大学記録資料館九州文化史資料部門(九州文化史研究所)所蔵「三奈木黒田家文書」423号

折図、223.2×266.5p

江戸時代後半の19世紀初めにおける福岡・博多の様子を描いた貴重な絵図です。参考文献:宮崎克則・福岡アーカイブ研究会編『古地図の中の福岡・博多』海鳥社、2005年 ≪詳細≫



博多絵図

 博多旧図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」336号

紙本着色・ 掛軸装、64×72cm

作製は江戸後期で、作者は不詳。三宅酒壺洞氏によれば、博多の古図は太閤町割りが実施された天正15年 (1587)を境とし、前後二期に分けられる。 この絵図は後期に属するもので、 「流れ」(太閤町割りの通りの総称。現在も博多祇園山笠行事に継承されている。) の様子がよくわかり、松原などの描画も興味深い。



 博多之古図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」337号

紙本着色・ 掛軸装・2枚貼付、39×53cm

作製は明治27年(1890)写で、[清徳庵三宅所蔵]。『石城志』(津田元顧・元貫共編 明和2年(1765)) 所載の博多古図とほぼ同じ絵図である。 記入は簡略であるが、 櫛田社が鳥居を南側に向けていること、濡衣伝説で有名な濡衣塚が、 濡衣島と称して小島に描かれているのが特徴的である。



 博多往古図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」552号

紙本着色・ 掛軸装、62×98cm

作製は江戸期で、作者は不詳。鎌倉期から室町期の博多を、様々な文献から推定して描かれた前期の 博多古図に属する絵図である。 説明書きに『石城志』が引用されていることから、 明和2年(1765)以降の成立と推定される。松囃子や 博多町割りなどの説明書きも付され、名所案内の趣もある。



筑前国絵図

 御国絵図

九州大学附属図書館蔵 680-オ-4

紙本着色・369×441cm

天和二年「御国絵図」は、福岡藩が独自に作成した絵図で、郡境・国境が引かれ、村名が小判形で描かれ、道路や海路が朱線で示されている。古城を含む城郭の位置などを描いており、色彩も美しい。



 筑前国中の絵図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」309号

紙本着色・ 1枚16折、77×100cm

水界を青で着色した単純な彩色で、実用的な趣の絵図である。 携帯を目的として製作されたものであろうか。 成立年は不明であるが、 直方や秋月の記入があり、絵図の形状が「筑前分間図」(大田資料327) に近いことから、17世紀後半以降のものと推定される。



 筑前国中図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」310号

紙本着色・ 1枚42折、183×187cm

作製は安永8年(1779)で、明石行仲による写し。この絵図は「慶長筑前国絵図」(『福岡県史資料』第2輯付録) を踏襲しながらより精度を増すために街道などの修正が加えられている。 また直方や秋月の町立てがなされていることから、寛永前期以降のものと 推定されている。 古城などの史跡も詳細に書き込まれ、彩色も美しい絵図である。



 筑前分間図

福岡県立図書館所蔵「大田資料」327号

紙本着色・ 掛軸装、115×103cm

天明6年(1786)の写、原本は元禄14年(1701)作製で景観は元禄8年(1695)当時のもの。 説明書きによると、この絵図は元禄8年(1695)の 公命を以て製作され元禄14年(1701)に成立した絵図が余りに 大型であったため、利用の便を図るため小型化したものである。 「元禄十四年筑前図」(『福岡県史資料』第8輯付録)と比較してみるのも興味深い。



明治以降の絵図

 近代福岡市街地図(明治13年〜昭和17年の市街地図)

福岡県立図書館所蔵

合計49枚の市街地図から、城下町福岡・博多の街並みが、明治・大正・昭和と移り変わるなかで、 近代都市福岡へ変貌していく様子をご覧いただけます。



 明治20年(1887)  福岡・博多鳥瞰図

九州大学記録資料館蔵「檜垣文庫」(絵図16-1)

折図、51.8×75.0p

明治20年(1887)、林圓策・金澤元太郎が作製した錦絵です。当時の福岡・博多の様子が窺えます。

福岡県の近世絵図

 筑前国郡絵図

福岡県立図書館 貴重資料

合計10枚の絵図から、江戸時代の筑前国の14郡の景観をご覧いただけます。



 秋月城下絵図

福岡県立図書館所蔵

18世紀後半から19世紀にかけての3枚の秋月城下の様子をご覧になることができます。



 豊前城井谷地図

福岡県立図書館所蔵

黒田氏が筑前入国以前の領地であった豊前国中津で、黒田氏に最後まで 抵抗した宇都宮鎮房の居城のあった城井谷の地図をご覧になることができます。



 江戸期  海山名所図会

「林田家文書」は、九州大学記録資料館九州文化史資料部門 (九州文化史研究所)に寄贈されていますが、 この絵図は林田氏の所蔵。ご厚意により掲載しています)

巻子装

江戸時代後期の航路図。九州〜大坂間を南北、上下2巻に分けて描いており、 北部には有明海から長崎を経て玄界灘を通る航路、南部には鹿児島から日向灘を経て、 瀬戸内海方面に向かう航路が記されています。久留米藩(筑後国、現福岡県)の豪商 手津屋正助が所持していたものです。 ≪詳細≫