【本文】
漢其字、倭其訓、而童蒙之士可教焉。加之以圖、而童蒙之士可益喜而奘焉。更此書之所以作也。王會之圖・山海之繪、豈敢乎。唯為載酒問字之資耳*。
名曰『唐土訓蒙圖彙』。都若干巻、請序於余。遂書而遺諸。
享保戊戌仲春之望、玉井直道題
【訓読文】
其字を漢にし、其訓を倭にして、童蒙の士教ふるべし。之を加ふるに圖を以てすれば、童蒙の士益ます喜びて奘たるべし。更ち此書の作る所以なり。王會の圖・山海の繪、豈敢へてせんや。唯だ酒を載きて字を問ふの資と為すのみ*。
名づけて曰く『唐土訓蒙圖彙』と。都て若干の巻にして、余に序を請ふ。遂に書して諸を遺す。
享保戊戌仲春の望、玉井直道題す
【訳文】
漢文を書き、和訓で読み、童蒙の士(年少でまだ学問に暗い者)を指導した方がよい。またこれに図画を加えて教えると、童蒙の士は益々学問を楽しみ、堂々とした壮者へと成長するだろう。これこそが此の書を著わした理由である。(そうでなかったら)王會の圖や山海の繪のような壮大な図画を、どうして進んで書くだろうか。
ただ(楊雄のように同好の士とともに)酒を酌みながら学問をする資料とするだけだ。
この書を名づけて『唐土訓蒙圖彙』という。全部で少しの巻であるが、私に序文を書くことを求めた。とうとう書いてここに遺す。
享保戊戌(享保三年(1718))仲春の望(陰暦二月十五日)、玉井直道題す
【語注】
*『漢書』巻八十七下 楊雄傳
雄以病免、復召爲大夫。家素貧、耆酒、人希至其門。時有好事者、載酒肴從游學、而鉅鹿侯芭常從雄居、受其太玄・法言焉。
雄、病を以て免ぜらる。復び召されて大夫となる。家貧しくして、酒を耆むに、人希にその門に至る。時に好事者有りて、酒肴を載せて從いて游學し、而して鉅鹿の侯芭、常に雄に從いて居り、その太玄・法言を受く。